かいふう

近未来への展望や、如何に。

ある日

10日間の静謐、と回想。

それは、八月六日から始まり、九日を経て、八月十五日に至る。

『あんな物騒は得体の知れないものを。いきなり、予告も無しに落とされれば。

そりゃね。連れてた馬も、馬子の手から離れて。眼前の地平線まで全力疾走。それが点になるまでに。彼も、仔細を考える時間からもれ落ちた、発狂しただろう。』

『いったい、彼と。私の何が違うのだろう。』

現在形で語れば。それが、劇作家の粗大ゴミ、もとへ。醍醐味でもある。

ならば、戯曲ともいうは。その体験なきが故。平和を享受満喫すればこそ、書ける代物。

生の時空を共有可能な故。戯曲は、劇映画とも違うのですね。

どの形式を取るか。選ぶかは、その作家のタレントに依るので。

表現できる、描けるが、作法でしょう。

それで、「マリアの首」を、先ず最初に。浮かんでくる。

被爆者、犠牲者が浮かばれない。だから、浮かんでくる。というもの言いが、手っ取りばやい。

パンフォーカスで撮っても。エンドマークで消えれば。白いスクリーンが残る、二次元。

すぐれた戯曲は、すぐれた俳優の登場を、待っている。

持ち腐れの主は、誰ですか。

既に優れた古典でも。上演は、困難な道のりでしょう。興行でもあるからして。

収支の算盤勘定も要ります。

故に。補助金等交付も必要。

 

 

ある時代

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星条旗

米大統領選。民主党の副大統領候補、決まる。

いよいよ、アメリカの大統領選挙。終盤戦に入った。

民主党の候補バイデン前副大統領が選んだは、女性候補者カマラ・ハリスであった。私も、想像してた。気分がいい。

その国の大統領は、任期満了で去ると。次に、現職当時の回顧録。それの執筆、出版で。更に収入確保。それが、恒例になってるので。しばらく、印税でも食える訳です。

それも承知してるが為。在任中のスキャンダルや失政への、抑止ならば。よく整えられた慣習と言わざるを得ない。

現職警察官による、暴行致死事件。その波及とデモ。

それもあっての、人選か。しかし、オバマ大統領が、その役職で、戦後初の被爆地訪日を果たし。その相棒が、今回。強力な副大統領候補を選んだのだから。

イメージは、同盟国の我が国民にも良好だろう。

しかし、ビル・クリントン民主党は中国寄り。それを記憶する日本の有権者は。

何も直に投票権あるでなし。

コロナに覆われての、選挙戦突入

[拉致事件]が頭をかすめる者ならば。共和党しか、浮かばないだろう。

トランプ大統領と、年上のバイデンさんが。テレビで映れば。顔ツヤは、血色は。現職が続行、と想われる。

故に。尚の事。女性の強力な副大統領候補を選んだ。その活気と盛り上がりが、同盟国の者からは、楽しみでもある。

 

主日

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エス

長崎、被曝75周年。

本日も、あの日のごとく、暑かった。

会場の大テント。列席の首相の顔に、手前に霧らしきが流れた。

「水っ、水っ。」と呼んで死んでいった被爆者。彼らの声が響くのに。応えるがごとく。

途切れなく、透明な水を。数ある噴水が天に湧き上げてある。

それが、炎天下。水蒸気で、会場に動き流れた。

そう想った。

ライブ配信が視聴料。貧爺は、スマホに限定の身故。その受信画面では、奉納合唱も、長崎市長の表明も、首相の演説までも。すべて、口パクで視る。

聴覚障がい者として。それで聴けば、済む。

後で、PCで、視聴すれば。

止めどなく流れる泉の水。それではなく。会場に流れたは、数ある回転する扇風機が放ったは、コロナ禍対策用のそれ。

そう見えれば。合唱する生徒たちも、数メートルの間隔取っていた。

テント下の列席者も、その座席も同様。

斯様に、100年に一度とWHOの専門家も形容した。コロナは、現在進行形なのだ。

被爆地、平和祈念式典。その会場とて、例外ではない

むしろ、ここに集った。世界から参集した、各国要人。彼らが日本で罹患した。

そんな汚名を被らない。その配慮が、為された。

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 [聖句]からの、引用はない。

私は、それを見つけられない。

祈りはした。誰もがすることだ。

アーメン

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広島原爆の日の6日、長崎市内の自宅でそっと目を閉じ、手を合わせた。平島アヤノさん(83)。広島と長崎で原爆に遭った二重被爆者だ。脳裏に焼きついた二つの被爆地の惨状。「もう二度と原爆はだめ。平和が一番」。その言葉を何度もかみしめた。
 長崎市大浦川上町(現・川上町)に生まれ、日本軍の飛行予科練習生だった兄がいる広島市へ一家で移り住んだ。
 8歳だった。爆心地から約3.5キロの国民学校のげた箱で履物を手に取った時、閃光(せんこう)が走った。崩れ落ちた建物の下敷きになり、わずかに見える外の光に向かって這(は)い出た。
 負傷した足で帰宅。幸いにも両親、きょうだい4人とも無事だったが、米びつをのぞくと爆風で砕けたガラスの破片でいっぱいだった。家の前を遺体を積んだリヤカーが通っていた。
 10日、一家は着替えも持たないまま身一つで長崎に避難し、入市被爆。変わり果てた町の光景に息をのんだ。黒焦げで性別も分からなくなった人がゴロゴロと転がりながらもがき苦しんでいた。どうしてやることもできなかった。爆心地付近で電柱に見えた“黒い柱”。手を合わせる人を見て、それが立ったまま爆死した人だと気付いた。
 2度の被爆。戦後の人生は苦難が付きまとった。長崎では住む家もなく、父が建てた粗末なバラック小屋に身を寄せた。「布団もなくて。姉と抱き合いながら寝た」
 体の不調も続いた。のどが大きく腫れ、手術。30歳を過ぎてからは卵巣腫瘍を患うなどした。
 あの日、もがき苦しんでいた人はどうなったのだろう。そのことが今も頭から離れない。助かってはいないと理解している。でも、もし生きているのなら聞いてみたい。「家族とは会えましたか」と。そのことを考えるだけで悲しみで胸がいっぱいになる。

 「自分よりもつらい体験をした人は大勢いる」からと、これまで被爆体験を語ることはほとんどなく、3人の息子にも数えるほどしか話してこなかった。だが、きょうだいも全員他界。「もう残された時間は多くない。話して楽になりたかった」。昨年、国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館に体験記を収めた。でも、やはり思い返すのはつらい。「これが最初で最後」だ。

 今年、初めて広島の平和記念式典に参列予定だったが、新型コロナウイルスの影響でかなわなかった。長崎でも鳴り響いた午前8時15分のサイレン。広島の方向を向き、黙とうした。「こんな経験をするのは自分だけで十分。(これからを生きる人たちには)平和な未来に向けて前を向いて歩みを続けてほしい」。そう願っている。 (長崎)

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「長崎平和祈念像」の北村西望のアトリエがあった。関東は首都圏、某市内に、先年居住したは。

それも、そこに住んだ要件のひとつ、と思う。

 

 

 

 

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ある時代

ちょっと、コワい話。

数週間前。あるタレントを、思い出していた。

彼は、半世紀前。テレビで見かけて。モノクロか、カラーか忘れた。

しかし、意気のいいコントを演じていた。関西の、「チャンバラトリオ」ではないが。

その画面内では、「張り扇」でもって。相方の柳沢慎吾だったか。息のあったコメディーをしていた。テンポが若く、生き残る。

その後、テレビから遠ざかって。相方は、山田太一の脚本でトレンド路線に乗り、売れた。彼らの生家が商店自営業らしく。それで、いいコンビが組めたのだろう。

それで。訃報を聞いて。「チャレンジボーイ」で活躍したから。リスク、かなりあったのだろう。それが、がん死に。コメディアンという仕事柄、観客を暗くさせられない。

彼は、長期療養で耐えたが。その時期、私も、同じ病身の身上。

魚屋さんは、活気と、腐らすよりか。客とのやり取りで、値引き商談もあり。

その辺の丁々発止で、店番で。コントの下地ができたのでしょう。

出身地の地名。市ヶ谷の事件もあって。殺陣師、スタントマンでもあった彼に、

親近感を持ったのも。直観の底辺、キャラがコメディー向きだったからに、他ならぬ。

60半ばは、未だ若い。轟 二郎さん、先に逝く。

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誰が為の役得か。

そもそも。個人名がタイトルで、視聴率稼げる番組。何時から、トレンドに入ったんか。

NHKタイガー、もとへ。大河ドラマ時宗」。歴史上、過って無き比類無き国難に、弱冠か、若き執権が、武家の統領として、立ち向かう。

大群の敵軍が沖合に集結。その画面を、視るは不可能。よって、諦めていた。

それを可能にしたは、NHKTVのスタッフの技術力。CGのCが、コンピューターの頭とは。勿論、脚本も役者も当たったのだけれど。

最近、民放で、個人名で。しかも、第二弾。かって、ドラマの〇〇〇で、気を吐いたテレビ局。

坂本弁護士一家殺害事件で、秘密漏洩で、以降不評を買った訳です。そんなTV局視聴する時間あったら、鎌倉は円覚寺。墓参りへ行くわ。

報道部門の大ミス。それを、カバーするは、ドラマ部門での、再起のヒット。それしかない。

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不朽の大作、劇映画「人間の条件」。その小林正樹監督で「切腹」がある。

ここでは、エピソードは。白州での、直訴の主の侍と、奉行所の頭との。武士道での、問答である。

このシーンで、しばし不穏な空気が流れた。

それに、監督が取った対応は、スタッフが現場を離れ。

直訴の侍と、奉行との個人対決。それを醸成する猶予を与えた。

しかし、これは。監督の役得だったんですね。スタッフ以下も感ずいていた。

残された二人。すなわち、侍役の仲代達矢と、奉行役の三国連太郎に。

畑違いの出身。中堅の仲代さんと、老練の三国さんに。演劇論の応酬を

その自由時間を与えた。

まあ、時代劇の脚本に、アドリブは無いでしょうから。しかし、現場は現場。

監督の意図を超える、俳優の演技もある訳です。

この時は、出演と演出が、ケンカした訳でなく。出演者同志が、険悪になった。

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さて。第二弾も好評なようで。

それで、連想するは。今回のシリーズ、銀行VS証券なんだけど。

銀行マンの大和田証券マンの半沢との。彼らの、取巻き連中の話。

キャスト選択の妙製作者も役得です

歌舞伎界VS新劇界。それぞれ、歴史と伝統。片や近代演劇理論

初っ端から、眼に火花散らしてますね。

 観られる視聴者も、役得ですよね

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外は、コロナか、風邪が流行っています。

せめて。テレビで、熱い役者魂を受け取り。

切り抜けようではありませんか。

これは、ドラマ業界からの、エールに他なりません。

 

 

 

ある時代

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高倉 健「私の八月十五日」 絵ちばてつや

レトロな駅舎で、終戦時。証言を聴く。

 

俳優高倉健が、終戦時。友達の自宅のお寺で、「玉音放送」を聴いた。

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ちばてつや 早乙女勝元 林家木久扇 三浦朱門 三浦雄一郎 岩崎京子 神林照道

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音筆で聞く  戦後75年特別展示

「私の八月十五日」パネル展

戦争の記憶を・文・絵・本人の声で     「国立市後援」

 7/27(月)~8/23(日) 【入場無料】

開催場所/国立駅 JR国立駅南口正面

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期間中。展示予定の証言者(敬称略・50音)が、第1期から、第4期まで、ちがうので、注意要す。

私が見学は、第2期に当たります。

駅ビル隣のガード下。くにたち・こくぶんじ市役所分室でも、被爆の絵画展示があります。

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ある時代

 

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原爆ドーム

広島、被爆75周年。

 安倍首相あいさつ全文  本日ここに、被爆75周年の広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式が挙行されるに当たり、原子爆弾の犠牲となられた数多くの方々の御霊みたまに対し、謹んで、哀悼の誠を捧ささげます。  そして、今なお被爆の後遺症に苦しまれている方々に、心からお見舞いを申し上げます。  新型コロナウイルス感染症が世界を覆った今年、世界中の人々がこの試練に打ち勝つため、今まさに奮闘を続けています。  75年前、一発の原子爆弾により廃墟はいきょと化しながらも、先人たちの努力によって見事に復興を遂げたこの美しい街を前にした時、現在の試練を乗り越える決意を新たにするとともに、改めて平和の尊さに思いを致しています。  広島と長崎で起きた惨禍、それによってもたらされた人々の苦しみは、二度と繰り返してはなりません。唯一の戦争被爆国として、「核兵器のない世界」の実現に向けた国際社会の努力を一歩一歩、着実に前に進めることは、我が国の変わらぬ使命です。  現在のように、厳しい安全保障環境や、核軍縮をめぐる国家間の立場の隔たりがある中では、各国が相互の関与や対話を通じて不信感を取り除き、共通の基盤の形成に向けた努力を重ねることが必要です。  特に本年は、被爆75年という節目の年であります。我が国は、非核三原則を堅持しつつ、立場の異なる国々の橋渡しに努め、各国の対話や行動を粘り強く促すことによって、核兵器のない世界の実現に向けた国際社会の取組をリードしてまいります。  本年、核兵器不拡散条約(NPT)が発効50周年を迎えました。同条約が国際的な核軍縮・不拡散体制を支える役割を果たし続けるためには、来るべきNPT運用検討会議を有意義な成果を収めるものとすることが重要です。我が国は、結束した取組の継続を各国に働きかけ、核軍縮に関する「賢人会議」の議論の成果も活用しながら、引き続き、積極的に貢献してまいります。  「核兵器のない世界」の実現に向けた確固たる歩みを支えるのは、世代や国境を越えて核兵器使用の惨禍やその非人道性を語り伝え、継承する取組です。我が国は、被爆者の方々と手を取り合って、被爆の実相への理解を促す努力を重ねてまいります。  被爆者の方々に対しましては、保健、医療、福祉にわたる支援の必要性をしっかりと受け止め、原爆症の認定について、できる限り迅速な審査を行うなど、高齢化が進む被爆者の方々に寄り添いながら、今後とも、総合的な援護施策を推進してまいります。  結びに、永遠の平和が祈られ続けている、ここ広島市において、核兵器のない世界と恒久平和の実現に向けて力を尽くすことをお誓い申し上げます。原子爆弾の犠牲となられた方々のご冥福めいふくと、ご遺族、被爆者の皆様、並びに、参列者、広島市民の皆様のご平安を祈念いたしまして、私の挨拶あいさつといたします。  令和2年8月6日  内閣総理大臣 安倍晋三

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コロナ禍な時代~マスクマンはかげろう

国内では5日、新型コロナウイルスの感染者が新たに1356人確認され、クルーズ船の乗船者らを含めた累計は4万3531人となった。1日当たりの感染者数が1000人を超えるのは2日連続で、お盆休みを前に感染拡大に歯止めがかからない状態が続いている。

【新型コロナウイルス都道府県別感染者数・死者数】

 東京都では新たに263人の感染が確認された。200人を超えたのは9日連続。5日時点で1475人が入院中といい、重症者は前日より1人減り、21人となった。
 都によると、感染経路が判明した中では、「家庭」が最も多く、「職場」や「会食」などを上回った。30代男性が友人とのドライブで感染するなど、車内で感染したとみられるケースも3件あったという。
 大阪府では196人の感染が判明。8月に入り、81人にとどまった3日を除き、連日190人台が続いている。愛知県は147人、福岡県は123人と高い水準が続き、栃木、三重、滋賀、徳島、熊本各県では過去最多を更新した。
 死者は埼玉、千葉、神奈川、愛知、兵庫、熊本各県で1人ずつ増え、累計で1042人となった。(時事)

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