かいふう

近未来への展望や、如何に。

主日

 

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エス


 20 罪を犯す魂は死ぬ。子は父の悪を負わない。父は子の悪を負わない。義人の義はその人に帰し、悪人の悪はその人に帰する。

 

                    エゼキエル書第十八章20

 

ロマノフ家の4姉妹とひとり息子は、何故殺害されたか。

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 数日前に、「「ロマノフ家の・・」を、見掛けた。すぐに、追っかけた。

二週間前の、抜粋。

ロマノフ王朝の最後の皇帝は、ニコライ二世。最期とは、皇帝も想わなんだ。

ロシア正教会も、長い歴史がある。

彼が治世にあって。国民が不満鬱積をデモに、その鎮圧に武力銃撃で応えれば。被害者犠牲者が多数出れば。統治は乖離し、困難に向きを変える。

失政ではすまされぬ、場合は。為らば為政者は何と呼ばれようか。

300年続いたからとて。北極圏下のツンドラ地帯。氷点下の極寒地。飢饉の年あらば。飢えと寒さで凍え死ぬ、農奴。彼らの悲惨と困窮を、ユーラシア大陸

西の都市の、皇帝とその側近連中彼らが、何処まで知るだろう。

第一次大戦の、対ドイツの敗戦も、皇帝にとって、不利な状況に陥った。

それで、退位させられ。後は、国内内戦の動向へと。

何せ。欧州各国、為政者が遠戚関係の系図。何時、隣国が反革命軍で、ロシア皇帝を担ぎ出すやも知れぬ。それへの恐れもあって。ロマノフ家の一族郎党、監禁幽閉の窮地へと落とされる。

怪僧ラスプーチンは、教科書にも載ってたような。

 

ロマノフ家の4姉妹とひとり息子も、道連れ。

正規の裁判等。革命軍と、救出する白軍が混戦激突の最中では、用意されはしない。

4姉妹が二人、看護師の資格ありで、実際傷病兵が看護もされた。

 

なのに、殺害されるに至る。

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ゴルバチョフと、エリツィンの登場。

グラスノスチペレストロイカ、この政策が、その迷宮を、開いた。

 

 

 

 

法治国家の行方

 

      全拉致被害者の即時一括帰国を!

           東京連続集会113 ご案内予告

  家族会・救う会の新運動方針と北朝鮮の内部情況 

  今、どのようにして拉致問題を動かすか。4/3の家族会・救う会合同会議で決めた運動方針について皆様に報告します。また、このところ北朝鮮の内部で幹部の不満がかってなく高めっており、住民は極端な食糧不足で厳しい状

況に置かれています。西岡会長が最新情報を報告します。奮ってご参加下さい。    

  

               記

日時 令和3年4月12日(月) 午後6時半〜8時半 開場6時 

場所 文京区民センター3階3A(03-3814-6731)

文京区本郷4-15-14 春日町交差点前  都営三田・大江戸線 春日駅徒歩2分 

地下鉄丸の内・南北線 後楽園駅徒歩5分  

 参加費1000円(事前申込み不要) 主催:救う会東京・救う会全国協議会 

 連絡先:救う会事務局 03-3946-5780 FAX03-3946-5784 〒112-0013 東京都文京区音羽1-17-11-905

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主日

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エス

18 ここに、知恵が必要である。思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は六百六十六である。
 

                        ヨハネの黙示録第十三章18

 

それは、霊視-霊視、とも読めるだろう。

 

イースターを迎えた。

確率論者になったは、幽体離脱して。

臨死体験を経た。それを、自認してから故、でもなさそう。

生前葬』など、誰が考えたか、知らん。否、思いついたが故だろうか。

それとも。棺桶の中に一度横たわり。読経でも、聖歌でも、いいんだけど。

音感がすぐれていたが為。集団のシクシクが耳に届いて。ガバッと、起き上がろうとして。上豚、もとへ。上蓋に頭ぶつけて。貧乏人が葬式だから。釘の打ち方が杜撰故。チップ貰い損ねたが、ネタなら。お祝いに、酢ブタライスもありだろう。和式なら仏陀様も許して下さるだろう。

そうやって、生還果たせたのだから。それもまた、確率。

この理論は、未だ確立してない。

もっとも。霊視々々と、漢字を介しての、音読みの、言霊だから。

国境も越えてる。異教徒云々もなかろう。

 

主日も、礼会だから。霊界の話をする。

自称クリスチャン。流石に、次回の『04/04』の日。想わない。

明日、教会の隅石を流す。そんな大災害が来ないとも限らない。

否、ベースキャンプたる、その教会を。国策とやらで、喪失した我が身。

諦念ではない。その運命を受け入れる。その術を、祈り切れないでいる。

 

本日は、よく歩いた。帰路に路に迷って。そこに居住する老女としばし隣人として、並んで歩き。来るであろう、[余震列島]、この地の話をした。

十字路のパン屋に寄り、出来立てのパンをば、美味しく食べた。春のフェアと銘打って。本日は、「アンパンの日」。店内奥には窯がある。

製造、販売の店舗。カウンターには、コロナ禍下。透明なアクリル板が降りてる。

帽子も白い作業着の若い女子店員。メルヘン風も、商売上手

 

別の十字路の角店では、ラーメン屋。地域配布の高齢者用補助券も使用できた。

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隣国の領海、その附近。紛争を引き起こさんと。挑発行動する輩どもがいる。

最前線の兵士彼らが悪い訳ではなかろう。

そのピラミッド系の体系組織。最上部に鎮座まします。彼らが脳内。

神が不在。それが、何ともはや。危ない。

不穏な空気が、流れて来る。

 

アーメン

ある日

 

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ある女優の死と、ある俳優の死。共通項は、米寿。

 

過日、俳優田中邦衛さんが亡くなった。八十八歳というから、天寿を全うされた、と思う。モスグリーンのジャンパーでの、少し白い歯見せた笑顔は、戦時下を少年で。戦後を食糧難。そして掴んだ役柄。高度経済成長期の都会のビル群。それに、抗する稀少価値的郊外派。労働庶民の代弁者。そんなイメージで、フジテレビドラマ「若者たち」を視聴してた。ひと回り上、だから。未来の現実を、演じてみせてくれる彼らは、ありがたい存在なのだ。

次いで。加山雄三主演「若大将シリーズ」での青大将役。これが、受けた。劇映画は、ドラマが売り。ドラマチックは、主演キャラとの台詞のキャッチボール。脚本は若くして、書けるものではない。それで、映像は、カット割りで。観客に、錯覚を生ませる。

その醸し出す演技は、助演者では済まない。それを、田中邦衛は見事に演じて見せた。

主演を際立たせる、持ち上げる度量が、名優と呼ばれる所以だ。

シリーズの回数に比して、彼のギャラがアップしたも、当然。

北の国から」シリーズは、テレビ画面。何処にでも居るキャラ。これで、主演を張った。そこに引っ越してまでの倉本聰脚本は、観客にイメージを存分に掻き立てたんだろう。

未開地、メルヘン残存十分、厳冬。広大なる地平線に、牧草の緑に点在する乳牛。山紫水明、白樺に花畑。エトセトラ。

 

羊蹄山を、絵画のような車窓。外に見て。汽笛に、不思議の国のアリス。彼女の気持ちがわかった。

私の方から、入って行ったのだから。己の意思で来たのだから。

受け入れよう。

 

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先日、女優八千草薫さんが亡くなった。彼女も、88歳。

名前からして。その歳まで、持って往ったのか。意識して、だとしたら。

八千草薫が、八十八で死す。」  

これ、すでに伝説ではないですか。

キューポラのある街」に主演の彼女と、同じ。美女の系譜

タカラジェンヌ、初代殿堂入り100人のひとり。

 

ある時代

 

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日の丸

 

「時代劇」の定義、なるもの。総集編、もしくは「サザエさん」的、起承転結。

 

コロナ禍下。

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「昭和」に観た「里見八犬伝

江戸の治世は数百年。参勤交代で、外様雄藩を抑えつつ。その往復街道に、庶民は、天下泰平。寺子屋でレベルアップした知性は、伝奇ロマンを求めた。

それに応えて、幾多のタレントが現れた。武士になれぬ身には、若武者が誓いの集団。彼らの荒唐無稽でも、東奔西走。勧善懲悪の筋書き結末は。気は優しくて力持ち、大相撲の興行と共に、内戦ぼっ発の不安より、如何ばかり大衆娯楽の良俗であった事か。

次代を担う青少年たちに、夢や希望は要る。戦後のベビーブーム「団塊の世代」等に。他にこれと云って娯楽が無い、未来を抱かせるために。すぐれた熱狂する映画の数々を提供してくれた。

戦後映画界と歌舞伎との、コラボ。若手の継承者を配役に、シリーズもので、観客を動員せしめた。そのひとつが、「南総里見八犬伝」。終戦まで、後継者を温存してた。そう、慮ったかの、兄貴たち総勢。

 

「昭和」に観た「赤穂浪士

回想するに。映画製作会社の職業人。やはり、ターゲットは、同じ。少年が、青年になれば。武士道にも、及ぶ。各社、オールスターキャストとポスターにあった。当時、東映と松竹、そして大映。競作です。

電気が灯る、家族が集う居間。テレビが茶の間で、山鹿流陣太鼓を手にした長谷川一夫の、顔面のクローズアップ。これが、〆ですね。彼が若い時の、刃傷沙汰も知ってる故。時代劇スターだから、厚化粧で隠せたから。

 

「昭和」に観たであろう「憂国

低予算、高意識。25分程で、表現をするは、古典が形式、舞台が格式。軍人が個の象徴だから、完結させねばならぬ。

フィルムの長さで、決めるなら。

同じ25分程で、編集してみせた。「夜と霧」は、主題が全く違う。

劇映画故、個人的家庭的が許容される訳。

ノンフィクション、ドキュメンタリー映画は、そうはいかない。無名無数の人びとが、時代の不運。見も知らぬ他者の為か、身代わりになって、死に行くのだから。

 極私的と。全世界史的で、かつ極めてヨーロッパ的である事、において。

それは、神国日本と。数千年の欧州圏の歴史との、非常に大いなる相違。

国家神道と、イズムの派生は在っても信仰の自由は個人。

勿論、神違いなのである。この点は、強調し過ぎる事、能わず。

方や、能舞台。もう一方は、広大無辺の丸い地平線なのだから。

私は、未だに。コロンブスの卵、その正解が出せない。おそらく、その辺だろうに、輪郭の問題。あとは、業界の違いだろう。

 

「昭和」に観た「三島事件

 死生観だろうから。買って、未読は、失礼だから。一字違いの時代になって。あってはならない、余暇だと感ずいたら。その時代を思い出して、彼らを想って。その時代とは、何ぞや。

読む動機は、数ある。それさえ、促すのも記憶なら。従順にもなろう、異教徒であろうと。『輪廻転生』の現象を、然るべき身近で生で、見せられた者。

それをば、解毒する為に。還暦過ぎて、そりゃ気の毒でしょう。

瓜二つの者が家系で、隔世遺伝で現れても、有り得る。見せられた者だけが、驚愕し。そして尚、畏怖するか。本人の勝手だ。

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「平成」に観た「里見八犬伝

これは、リメーク。改号するは、英語でも通ずる訳でして。弓引く等身大ポスターのヒロインは。角川の御曹司がタイプで、その幸運でもデビューした、新進女優。

その絵、何処ぞで視た。東千代之介主演「椿説弓張月」の、パクリでしょう。

 いいよ、文句云いません。再映画化してくれたのだから。

共演者が、誰がどの役受けたか。おじさんになっても、興味はつきない。

「平成」に観たを回想した「佐倉宗吾」伝

嵐寛寿郎が演じた佐倉宗吾、名優が誉。新東宝が映画、モノクロ画面。

農民磔刑の同じ俳優さんが、明治天皇になっちゃったんだから。役者とは、凄い職業だ。総天然色、シネマスコープの技術革新あればこそ。

間に、「大正」という時代。あればこそ。

 

「平成」に見たであろう「朝日新聞社銃撃事件」

朝日新聞阪神支局襲撃事件。当日、当直であったか。若い記者小尻知博が被害で殉職された。

この事件、果たして。犯人は名のったごとく、本当に右翼か、疑わしい。

後年の、朝日新聞社本社築地に面会を介しての、発砲自決事件。過去の事件の真相も含めて。当時の当事者でもない、本社に乗り込んでの詰問は、日本全国に知らしめる魂胆無くば、叶わぬ事。左翼の諸氏の心胆寒からしめたは、必至。

実は、そこまでは私見の夢想、浅はかな見解で。

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彼には、為すべきその理由があった。野村秋介、還暦前の生涯。

「群青忌」もあるんですね。

 

平静になれず未読の「亡国のイージス

小渕恵三元首相が、官房長官時代。役職から、記者会見で。フラッシュ浴びる色紙を机上に。

「平静です。」

決めゼリフ、と云うよりか。駄ジャレしか言えないが。首相の器だと、後年理解した次第です。

かっての「憂国」は、その時代。「憂国忌」に名称を変えて。巷間に、毎年「勤労感謝の日」の前辺り。バス通りの歩道の並木、電柱にもあったか。見掛けたものだ。

それで。改元に及んで。新年号が開陳され、全国津々浦々広まって。

もはや「憂国忌」を見て、憂鬱になる日はないんだ。彼が英霊は、その方々の、ワン・ノブ・ゼムなんだ。英語は、ビジネス英語のみではない。用途は多様だ。

「昭和」という、戦争と激動が時代は終わっても。未だ未だ、続くのだから。

 

それで。時代が改まった以上。いや、以降。違う言葉で、形容されねばならない。

それが、見つけ出せなかった。

それが、見つかった。なる程、「亡国」か。

憂国」で思考停止してしまうのではなくて。そこで、終了してしまう訳ないのであって。国なるものは。ずーっと、存続していかねばならないものであって。

言霊を、その時代に相応しい、それを。追いかける類の事。

為らば、「亡国」を防ぐ対応を、用意しよう。準備する。

 

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「令和」に視る護衛艦の「空母か、空母化」

 護衛艦が名称は、日米安全保障条約。それが締結以降の、呼び名である。専守防衛自衛隊に相応しい。作戦行動が輪陣は、中央に空母、それを円形に囲む護衛艦体制。

大日本帝国海軍時代の、戦艦、巡洋艦、そして駆逐艦。それらは、旧時代のもはや代物。ジェット機の飛来に、大艦巨砲主義は無用。それも、時代劇。

巡航ミサイルに、艦影の雄姿は、高性能レーダー捕捉で、軍事衛星との連係プレーのピンポイント攻撃ならば。防弾ガラスの艦橋はあっても。その顔面は、まさに、対コロナ対策がごとき。マスクがレーダーの中枢だろう。あの、六角形かの、のっぺらぼう。

海軍史の軍縮条約に艦種の制限あり。戦艦を急遽改造の実績あれば、護衛艦の「空母化」は、お家芸の新機軸。

上杉鷹山の言霊が、聴こえる。「為せば、なる。」

「令和」に見るであろう「ステルス戦闘機」

 F35Bが、飛来した。場所は、宮崎である。中国海軍の空母が、沖縄海域に出没。示威行動、作戦を取っている。

それに対する、迅速かつ適切なリアクション。日米が同盟国としての、反応である。

仮想敵国であろうと。そういう意思表示は、即座に為さねばならぬ。彼らの、様子見だから。

何しろ、違うんだから。コンマ何秒の時代なんだから。

「令和」に見たであろう「コロナウイリス パンデミック

 

「令和」に見えるか 、『結』欠落。

ある時代

 

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コロナウイルス

コロナ禍下。

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  WHOは30日、調査団の報告書を公表し、動物から中間宿主を通じて人に感染したとの仮説が最も有力と発表。

 

【ベルリン時事】世界保健機関(WHO)は30日、新型コロナウイルスの起源を調べるために中国に派遣した調査団の報告書を公表し、動物から中間宿主を通じて人に感染したとの仮説が最も有力と発表した。一方、武漢の研究所からウイルスが流出したと疑う説は「極めて可能性が低い」とほぼ否定した。
 ただ、加盟国への説明でWHOのテドロス事務局長は「すべての仮説はまだ残っている」と指摘。一段の分析が必要と強調した。
 調査団は、複数の仮説の妥当性を検証。感染源の動物から、別の動物の中間宿主を通じ人に感染した説は「可能性が高い~非常に高い」と分類した。感染源はコウモリの可能性が高いが、断定はできないと述べている。
 中国側が示唆していた、冷凍食品を感染源と疑う説についても「可能性はある」と書き込んだ。これに対し、米国が主張した研究所からの流出説は「非常に高い安全基準が研究所にはあった」などと認め、極めて可能性は低いと結論付けた。
 調査団は1~2月に中国に派遣され、武漢市の海鮮市場などを視察した。当初は調査終了直後に報告書を発表する予定だったが、米中が内容をめぐり対立し、公表が遅れていた。(時事)

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広域で俯瞰すれば。やはり、中華人民共和国。国家体制の在り方、野放図。

歪みやひずみ。金属疲労、ならぬ。仕組み疲労に起因してるのではないか。

 

 

 

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主日

 

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エス

 

 

                            

無神論国家が、「人民」と「国民」との差異。それにて、国民をば欺瞞と搾取の暗闇へと捕縛する。

 

  12 「反逆の家に言え。これらがなんであるかをあなたがたは知らないのか。彼らに言え、見よ、バビロンの王がエルサレムにきて、その王とつかさとを捕え、これをバビロンに引いて行った。

 20 罪を犯す魂は死ぬ。子は父の悪を負わない。父は子の悪を負わない。義人の義はその人に帰し、悪人の悪はその人に帰する。

30 それゆえ、イスラエルの家よ、わたしはあなたがたを、おのおのそのおこないに従ってさばくと、主なる神は言われる。悔い改めて、あなたがたのすべてのとがを離れよ。さもないと悪はあなたがたを滅ぼす。
31 あなたがたがわたしに対しておこなったすべてのとがを捨て去り、新しい心と、新しい霊とを得よ。イスラエルの家よ、あなたがたはどうして死んでよかろうか。
32 わたしは何人の死をも喜ばないのであると、主なる神は言われる。それゆえ、あなたがたは翻って生きよ」。

 

 エゼキエル書第十七章12・第十八章20・30~32

 

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バビロンが捕囚。よく知られた[旧約]である。世界史が好き、というか。得意な学生なら。高校辺りの教科書には、太字で印字されてた、記憶を持つ。

民族は、時に。武力と兵器によって。他国から侵略され。その敵の王の裁量もしくは

機嫌を損ねぬ命令によって。何処へでも、移住転籍させられる類の処断のものだ。

ユダヤの民に、すぐれた預言者が居ようが。お構い無し。

それで、彼らは。異民族から、守らんが為。研ぎ澄まされた資質と信仰の祈りをもって。有らん限り。民の損失と、延命を計らんと。

元来、ユダヤ人でない者が、如何ばかり。彼らの苦難と離郷の道程を、想えるだろうか。

故に、預言者なる者。彼らの存在を通して、知るしか他術をしらないのである。

 

[新約]の主を知ればこそ。知って、信じたが故。[旧約]に遡り、主の出現に至る。その過程も併せて、ユダヤの民の歴史を解明するものである。

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教会に参集して。御言葉を給わり、それを。教会外へと持ち帰って。戒め、教訓とするは。そういう差し迫った状況が、眼前に来て。危惧と不安に囲まれた、感が否めない。

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私は、「エゼキエル書」を、「ザ コンチネンタル」からの若き長老たちから、学んだ。

その求道中の時代、その過程は、否めない。

特に、二人の宣教師、彼らについては、記憶がある。主たる彼に、別れの最後。私は言った。「マイ インディペンデント・・」

それは、当時。未だ私が属するべき教会を、見知らなかったが故であろう。

もうひとりの彼。「ジャイアンツ」と云ったら。彼は、わからない。と、日本語で答えた。動名詞も使った。求道中の我は、「トレーニング」してるんです、と。

実際は、「ビヘイビアリング」だったけど。

私は、観た映画のひとつ。世紀の美女リズ・テイラーと、共演したJ・ディーンについて。彼に投影した日本人と、太平洋戦争と戦後の我ら「団塊の世代」を、代弁した訳だが。

それは、異言その域を出てなかった様、に思える。

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エゼキエル彼は、[旧約]の預言者そのひとりである。

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本日は、異言、預言。その相違を述べるは、主旨ではない。

「ザ コンチネンタル」は、それこそ。差し迫ったこの国が、もうすぐ迎える世紀のイベントではあるが。五輪の数に比してある訳でして。

而して。世界に散らばる民族の多種多様性は、その国家数は、数十倍もあるであろう。

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端的に言う。日本海を挟んで。その大陸に在る彼の国は。

無神論が独裁、人民が国名に。而して、その実。共産党が、その国民を牛耳っているんではないか。何のことはない。己が国民を、『バビロンが捕囚』がごとく、捕縛してるとちゃうか。

当然。その中には、自治区とは称しているが。ウイグルチベット、そしてモンゴルも含まれる。

彼らが誤解、すなわち誤謬は。捕囚する対象が、やれイスラム教、仏教。そしてかって蒙古襲来で被害被った倭寇故と。慢心してるのではないか。

無神論を大っぴらに標榜してしまえば。何でも許される、というものでもあるまいに。

それは、有神論者と、その構成員が多数の国家には、明白な敵対行為の、表明に他ならないだろう。

指摘、解明しただけで済まんのよ。

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予想どおりとはいえ、アメリカのアンカレッジで行われた米中両国の外交トップの会談は、マスコミの前での激しい非難と攻撃の応酬で始まった。

 その後、2日間にわたって行われた協議は非公開であり、メディアの前でと同じような応酬が続いたかどうかは不明である。しかし、会談後の両国の出席者のコメントを見ても、関係改善の糸口が見えた印象は皆無だ。

 アメリカのブリンケン国務長官や中国の外交トップである楊潔篪共産党政治局員の発言記録を読むと、ブリンケン長官は新疆ウイグル自治区や香港、台湾、アメリカへのサイバー攻撃と中国に対してバイデン政権が抱く懸念を淡々と列挙したうえで、「米中関係は問題によって競争的であったり、協力的であったり、ときには敵対的である」と静かなトーンで述べている。ことさら敵対的な雰囲気を強調したわけではなさそうだ。

アメリカ流の民主主義を批判

 ところが、これを受けた楊氏は延々と独自の主張を展開した。それは中国の内政から外交にわたってその政策の正当性を主張するとともに、アメリカは内政干渉をやめるべきで、アメリカこそ国内に数多くの人権問題などを抱えていると非難するなど、いつもながらの内容だった。

 聞く相手がうんざりするほど延々と自説を展開するのは、首脳会談や外相会談などで中国がよくやる手法だ。2019年12月、北京で行われた安倍晋三首相と習近平国家主席の会談でも、安倍首相が新疆ウイグル自治区での人権問題や香港問題に言及した途端、習近平氏が顔色を変えて延々と自説を唱えた。このため、日本側が辟易したことがある。

 ただ、今回の楊氏の発言で興味深かったのがアメリカ流民主主義に対する批判だった。楊氏は「アメリカや西側世界は国際世論を代表するものではない。世界の圧倒的多数の国々は、アメリカが提唱する普遍的な価値観やアメリカの意見が国際世論を代表するとは考えていない」などと述べ、民主主義の伝道者であるかのように振舞うアメリカを非難した。

 その大前提にあるのは、「アメリカにはアメリカ流の民主主義が、中国には中国流の民主主義がある」という理屈である。

 民主主義は普遍的価値を持っており、国によって定義が大きく異なるものではないというのが、民主主義国での常識だ。ところが中国の主張はまったく異なる。「民主主義のかたちは一つではなく、各国にそれぞれの民主主義のスタイルがある」というのだ。

 もちろん、これは中国に都合のいい勝手な理屈以外の何物でもない。中国は自分たちも自由や民主主義を大事な価値として独自のやり方で実践していると、臆することなく主張している。

 こうした中国流民主主義を「民主主義とは似て非なるもの」と一笑に付すことは簡単だが、それでは済まないのが現実である。中国の政治や法律など統治システムのすべてがこの理屈で成り立っており、それに基づいて外交や安全保障などの国家戦略が構築されている。それを踏まえたうえで西側諸国は対処しなければならないのだ。

人民主権」の国・中国

 では先進民主主義国の民主主義と中国のいう民主主義の決定的な違いはどこにあるのだろうか。そのキーワードは「人民」という言葉にあるだろう。

 習近平主席をはじめ、中国の指導者はしばしば「人民」という言葉を使う。その一方、われわれになじみのある「国民」という言葉はほとんど使わない。中華人民共和国という国名をはじめとして、憲法や法律も、人民を使っても国民という言葉は使われていない。

 問題は人民という言葉の意味だ。中国憲法では第1条で、「中華人民共和国は、労働者階級が指導し、労働者、農民の同盟を基礎とする人民民主主義独裁の社会主義国である」と規定し、さらに第2条で「あらゆる権力は人民に属する」「人民が国家権力を行使する機関は、全国人民代表大会および地方各クラス人民代表大会である」などと定められている。

 先進民主主義国で当たり前のように言われる国民主権という言葉はなく、中国は人民主権の国なのである。では、国民と人民は同じなのか。

 中国近現代史が専門の小野寺史郎・埼玉大学准教授の『中国のナショナリズム』(中公新書)によると、建国初期のころ、毛沢東主席は「抗日戦争期は抗日戦争に参加した階級、階層はみんな人民であり、日本帝国主義者、漢奸、親日派は人民の敵である」「解放戦争期(国共内戦)は、米帝国主義とその走狗、官僚資産階級、地主階級、国民党反動は人民の敵である」と述べている。そして、「社会主義建設期は建設事業に賛成し、擁護し、参加する階級、社会集団は人民であり、社会主義革命に反抗し、敵視し、破壊する社会勢力は人民の敵」としている。

 周恩来首相はよりクリアに定義している。「人民と国民には区別がある。人民は労働者階級、農民階級、反動階級から目覚めた一部の愛国民主分子である」としている。そして、人民に含まれない人たちについては「中国の一国民ではあるので当面、彼らには人民の権利を享受させないが、国民の義務は遵守させなければならない」と説明している。

 つまり、国民と人民は異なるものであり、国籍を持つ国民全員が人民であるというわけではない。人民は中国共産党の掲げる思想や政策を支持する国民の一部の人たちであり、それを支持しないで批判や反対する国民は人民ではないのである。

 そればかりか人民に属さない国民は、人民の敵であり、人民が持つ権利は行使できないが、法律を守るなどの義務を負うというのだ。

 半世紀以上も前のこうした毛沢東周恩来の考えが、まさか今日も生きていることはなかろうと思いたいところだが、残念ながら現行憲法を見る限り、国民と人民を区別する考え方は明らかに継承されている。さらに中国の憲法には「いかなる組織ないし個人も社会主義体制を破壊することを禁止する」とも記されている。つまり人民ではない国民に対するさまざまな弾圧や抑圧が法律上、正当化されているのだ。

毛沢東の言葉は今も生きている

 中国の論理からすると、中国共産党が一党支配する現在の中国政治を批判する人は、中国の国籍を持っていても主権を行使できる人民ではなくなるばかりか、人民の敵となってしまう。中国のさまざまな法律に基づいてさまざまな権利を奪われてしまううえ、言動が規制されてしまう。

 新疆ウイグルにおける大規模な人権弾圧も、中央政府に批判的な活動をする人権派弁護士や作家、ジャーナリストらの拘束も、彼らを人民の敵であると規定することですべて正当化される。そして習近平体制の下でこうした弾圧がますます強化されていることは、毛沢東周恩来の唱えた国民と人民の区別が今日も厳然と生きていることを証明している。

 先日閉会した全国人民代表大会で認められた香港の選挙制度改正は、この理屈をついに香港にも徹底させることを意味している。香港の場合、人民と愛国者が同じ意味で使われており、新たな選挙制度では香港の政府や議会など統治システムには愛国者しか参加できなくなる。

 立法会選挙に立候補しようとする者が愛国者であるかをチェックするのは、人民主権を守るために当然の合法的な手続きであるということになる。その結果、香港の民主化や独立を主張する人々は愛国者ではない、人民の敵となるのだ。

 米中高官会議における楊氏の発言にみられるように、中国が独自の民主主義論を今後もますます前面に出していくだろうことは明らかだ。そして、中国の論理は世界中の独裁者や権威主義的国家にとっては実に都合のいいものであり、感染症のようにあっという間に世界中に蔓延しかねない。そうした国々が中国を中心に手前勝手な民主主義論を掲げて結束したときに国際社会はどうなるのか。

 これは民主主義と権威主義のいずれが優れているかという次元の話ではなく、民主主義が直面している危機だろう。先進民主主義国を中心に国際社会が連携してその価値を高める努力をしなければ、手前勝手な民主主義が国際社会に広がりかねない。世界は今、そんな状況にある。(東洋経済)

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 毛沢東の言葉は今も生きている。と、云うならば。それは、厄介な事だ。

あの天安門事件、あの広場の惨劇。それが、再度繰り返されても。それが現状、止むを得ない。そのシグナルに何ら変わりはない。その暗黙の了解を、示唆してるに過ぎない。まさに、過去に留まったまま。文字通り、旧態依然。

 

上海、深セン等の、大都市や新興地域は。既に、資本主義、自由主義の気風を享受、闊歩してるに。そこでの利潤は、上納されたら。独裁共産党が党員上層部幹部に、その家族子弟のみに、偏向配分される仕組み、という訳だろう。

香港は、北京指令で、住民は法律改悪の憂き目に遭っている。こうした、海洋沿岸部への締め付けは、同時内陸部異民族への圧制と幽閉。それへの無関心をも誘う。

対岸は、誰の目にも、台湾だ。

引き続き、関心を持って、注視しよう。

 

アーメン