かいふう

近未来への展望や、如何に。

ぼくの福祉間柄史

法治国家の行方

原爆ドーム 広島が、【負の世界遺産】であることの。その意味を問おう。 考え過ぎても。それが許される場所がある。 しかし、そうして。やはり、それだけでは、未だ解決できない、課題というか。 問題を抱えた。 それは、被爆国一国だけでは、解答を出せない…

主日

沖縄戦、終わった日。 何年前か、覚えてない。しかし、それが、左系の県民集会であろうと。壇上で、発言した少女のひと言が、残ってる。 彼女は言った。「・・・、醜い真実。」 前後の文脈を離れて、そりゃないだろう。しかし、集会を主催の、大人の老練な手…

法治国家の行方

たとえば、「地の塩」を舐めた、その身。から、40年。だから言う。 [ある書物]に、報いを受けないようにしなさい。 このフレーズで、厳格と教訓とを伴うならば。クリスチャンなら、わかろう。というものだ。 かって、某地で、先輩の同僚に。その地を離れる…

あるある説得

どくだみローション どくだみローション ある店内で見つけた。数本あった。その店の主人は、売る品物は、大概割り引いてくれるのだが。そのローションだけは、定価を譲らなかった。その理由は、障がい者が作ってる物だから。つまり、初めから、採算度外視で…

環八から、「かすたねっと」。記憶から、「記録」へ。

法務局出張所は幾つかあるが。ある建物の、家屋閉鎖の年月日は、印紙を貼った申請書が要る。 それも、その建物の旧所在地となると。やはり、それが建てられて居た自治体管轄が、無難。その地へ行くに。過っては2サイクルが。今では4サイクル、電子制御の車…

ある戦争未亡人.その2

戦争未亡人が家主の棟に下宿する、その確率は。 平成になって、もうすぐ昔々を経る現在では、おそらく探すことさえしないだろう。 おそらく、その人も、ひとり娘を抱えて、日本遺族会に、その会員になっていただろう。下宿する、被扶養者たる少年には、そん…

向学心に燃える彼女。

スネかじりの学生の時、同じ建物内で、見も知らぬ女の人を、見た。 コンクリート製の階段の踊り場から、まわって下りて来る。奇矯、という感覚だな、とおもいつつ、それが適確な該当する語か、辞書で未だ調べてない。彼女は、先端の指を曲げたまま、片方上腕…

彼女たちは三姉妹だった。

小学校高学年の時であったろう。生活道路が四角に仕切った区画の同じ住所で居住する、ある家を訪ねた。おそらく通学する担任教師に頼まれたか、だと追想する。でなければ行く理由が見当たらなかった。では様子見のお見舞いであったか。二階屋の視覚が無いか…

トヨタ、北米で主力車「カムリ」の委託生産。

【ラファイエット(米インディアナ州)=小山守生】トヨタ自動車は20日、資本提携先の富士重工業の米インディアナ工場で、主力車「カムリ」の委託生産を始めた。年間10万台を生産する。これにより、トヨタの北米での現地生産台数は年間187万台となっ…

四半世紀も経つと。

ある施設の待合室というか、ひとり腰掛けて、PC雑誌の新OSの記事を読んでいた。左右の座る位置には、高校生らしい、その施設を利用してる外套というか衣服が並んで置いてあった。それをどかしてくれないかと促して、集団が腰掛けた。彼らは、自分が四半…

「富広美術館」から銅街道。

鉄にふれたので、銅(あかがね)にもふれておこう。 先月のコスモス街道をあきらめて、向かった先が群馬県の複合福祉施設である。途中地図に遺跡のマークが付いていたので、それを探した。前方に下校するひとりの男の子がいる。話掛けて聞くと、場所を案内す…

「?マーク」.その1

幼児時、母に連れられ何処ぞに行く日だった。この時期は自分の意思で外出する気など起きない、母が用事で付いていくのである。駅前の銀杏の樹のそばに、二人の白い服が目に入った。母が硬貨を手渡して、彼らにと言った。近付いて、そのひとりの首から提げた…

地方自治体の施策.その1

鯉幟だとおもいだす。遡るのはご容赦。過日、信玄橋に佇んだ。更に西に行くと南アルプス。その間に県の複合福祉施設が在り、寄った。その際幅がある河川敷の対岸まで、何匹もの鯉幟が連なっていた。橋の半ばで視線に入ったのが、木蔭の土手下路の看護師と車…

ベトとドク

「ベト」はベトナムから、「ドク」は(旧東)ドイツから、つけた名。二重胎児。そして日本の先端医療援助の手術によって分離、たしか「ニャット(日本)」という名もひとりにつけた、と記憶する。当時の米軍空中散布枯葉剤>ダイオキシンの影響か、その米国での訴…