かいふう

近未来への展望や、如何に。

聖書

主日

イエス マタイによる福音書第六章1.9~13.26~30 邂逅する。T会長の、ふたつの『遺言』なるもの。 ふたつめのそれ。「否定的だ。」 私が、彼から直接返答された、最後の言葉。 「自分の義を、見られるために人の前で行わないように、注意しなさい…

或る日の翌日、あるいは主日の前日

イエス だから、目をさましていなさい。その日その時が、あなたがたにはわからないからである。 二タラントの者も同様にして、ほかに二タラントをもうけた。一タラントを渡された者は、行って地を掘り、主人の金を隠しておいた。 すると、主人は彼に答えて言…

或る日

イエス 八日ののち、イエスの弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸はみな閉ざされていたが、イエスがはいってこられ、中に立って「安かれ」と言われた。それからトマスに言われた、「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手をの…

法治国家の行方

【9.11】から、18年。 www.kaihuuinternet.work www.kaihuuinternet.work それは、最現代史の始まりなのだろうか。 校舎の机上で「世界史」読んでますー。 地下鉄の通勤電車で、日本の朝刊読んでました。 そういう日常から。 コンマ秒単位の、現実を、…

ある意識

イエス ここに、知恵が必要である。思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は、六百六十六である。 ヨハネの黙示録第一三章18 諸兄諸姉。今日の日付けから、連想したは、何? 【666】に、手鏡当…

主日

イエス 広島。流川教会、「被曝十字架」。見た。 昔々。しばらく通った某教会。 そこで手にした、日本基督教団、信仰告白(一九五四年十月廿六日 第八回教団総会制定)が、挟んである。 それをば。数十年ぶりに、読んだ。 インターネット上。URLで検索すれば…

主日

イエス 確率論者からすると。 主日と、震災記念日が重なるは。どうなんだろう。自然災害、天変地異。【関東大震災】 私も、幾度か、連れられて。足を運び。先の大戦の終わりの年。 3月10日の【東京大空襲】。10万人を越える犠牲者。 その両方の被災者を…

ある邂逅

我が思索道程 ①ニーチェ、代々ブディズムの家で育った者故。西洋の彼の「神は死んだ」、遺言は。その後出た【ナチズム】の抬頭を、あたかも予言したかのごとく。墓の下に休む祖国の哲学者。それを、悪魔の化身者どもは、利用した。あの日の、ジプシーの、国…

主日

イエス 「イエスはこれらのことを言ったのち、先頭に立ち、エルサレムへ上って行かれた。・・・」 「・・・。向こうの村へ行きなさい。そこにはいったら、まだだれも乗ったことのないろばの子がつないであるのを見るであろう。それを解いて、引いてきなさい…

主日

イエス 「すると今度は、赤い馬が出てきた。そして、それに乗っている者は、人人が互に殺し合うようになるために、地上から平和を奪い取ることを許され、また、大きなつるぎを与えられた。」 ヨハネの黙示録第六章4 ▢▢▢VS◇◇◇ この構図は、物事の発端から…

主日

イエス 「剣をとる者はみな、剣で滅びる。」 マタイによる福音書第二十六章52 ある日のワルシャワ市街、少年最期のレジスタンス。 写真である。モノクロ。解放する連合軍が到着した直後の、光景である。 名画「地下水道」ではラストシーン。マンホール上の…

主日

イエス 「真理は汝を自由にする。」 ヨハネによる福音書第八章32 業界、と界隈 『Gone with the window』 細菌、もとへ。最近、「21世紀のスフィンクスの譬えは4本足でなければならぬ。」風潮が某業界で流行ってる、らしい。そのルフの本人と疑わしいは…

主日

イエス [ヨハネの黙示録] 私が、某教会で或る儀式を経たは、[聖書]に記載の最終章。 [ヨハネの黙示録]。その中の、4頭の馬の意味が、どうしても解けなかったが故である。「わたしの軛は負いやすく、その荷は軽い。」 ありがたい事に、その教会は、それに該…

主日

『殉教』に至らない布教、のあり様、って何。 約半世紀前。モラトリアムという言葉が、流行りました。時を同じくして。『タテマエ』と「本音」、という対も、某教授の著作で載ってた。その教授の専門が、宗教哲学だったので。当時、過激な左と、諌死について…

主日

致命的ではないが、決定的である。 よって、改訂します。 [ぼくのちいさなれくいえむ♪]を、細々と来た訳ですけれど。 今ひとつ、しっくり来ない。何故か。反芻してみた。モー、たくさん。 どうやら、その解釈に。その範囲に相違がある。 『話が違うじゃない…

主日

「真理はなんじを自由にする。」 お気に入り、というより。時々、おもう。昔々、奈良の古都は明日香駅に降り立った。ひとり旅である。駅前の観光案内所から。チャリンコを借りて、村内とその周辺をゆったり走る、田園の中。細い舗装道路を行くと。見えたは、…

あるある説得

さて。然らば、そのカトリックの司祭とおぼしき正装せる彼は、何故挨拶の一言で、立ち去ったのであろうか。「こんにちわ。」は、私が過年、東日本大震災後の被災地のひとつ。石巻市北部隣接、被災後新築の南三陸町総合体育館の中で、女子職員から挨拶の言葉…

あるある説得

ローマンカトリックが世界中から参集。その大勢の群衆に、ローマ法王が祝福を与える。その声が、聴衆皆にあまねく届くよう。マイクロホンは、発明された。 今では、カトリックか否か。異教徒でも。無神論者までも、代価を払えば、手にすることができる。 こ…

あるある説得

それは、こういう話が、判りやすい。二人の者が、ヱマオの途上で、前方に家屋を見つけた。彼らは、共に、[共同訳]を携えていた。片方の者が、前方に近着いてくるその家屋を指して。「KOBAN」と言った。もうひとりの者は、「交番」と返した。 エルサレムは何…

あるある説得

主の、彼らの威光を誇示するは、何故か。 彼は突如、面前に出現した。 私は、今まで、正装せる彼の生身を、肉眼で直視は無かったので。驚いた。 彼は「こんにちは。」と挨拶し、私は無言で、すれ違った。その間、わずか数秒。 彼は、私の襟の小さなブルーリ…

枝分かれとしての、キリスト教会教会史。コンスタンチノープル、その響きよ。

【モスクワ共同】キリスト教東方正教会の最高権威とされるコンスタンチノープル総主教庁(トルコ・イスタンブール)の総主教バルソロメオス1世は5日、ロシア正教会の管轄下にあったウクライナ正教会を独立させることを最終的に決定、文書に署名した。タス通…

「キミコ、危うきに近寄らず。」で行こう。出エジプト記:第十六章 第九節、 第二十二節〜第三十節。 

『ああ、君。』『殉教とは、きみが先に死ぬことなんだよ。』 『でも、神はそんなことは欲しない。誰が死んでも、悲しいからさ。』 『それで、何も言わない。』 『そもそも、殉教しようなどと、誰も思わないからさ。』『だから、死が来るまで。生きればいいに…

「社福法人 ヱマオ学園」をウィキペディアに載せるべきか。

ルカによる福音書 第二十四章13〜15節 「この日、ふたりの弟子が、エルサレムから七マイルばかり離れたエマオという村へ行きながら、このいっさいの出来事について互に語り合っていた。語り合い論じ合っていると、イエスご自身が近ついてきて、彼らと一…

ポスター三昧、もとへ。ポスター三枚。少なくとも、そのひとつは、係わっている。

半世紀前、宛ても無く。自宅から、下宿まで衣類を持って帰る途中。映画ポスターを見つけた。「死ぬにはまだ早い」。一瞥して、その場に釘付けになった。ある期間、幾度も往復した路すがら。何故、今回は、見てしまったのか。見つける事が出来たのか。邦画だ…

番外編。天使と、【堕天使】の見分け方。

ある日、ボクは空を見上げていた。それはどこまでも澄みきった、青い青い果てしもない。しばし時を忘れ、止めた主が、ボクしか居ない。親は選べないとよく云うが。自然の中にひとり休んでいるボクは、紛れもなく、息をして生きている。それは、ある時は、北…

第一次世界大戦終結100年記念行事がパリにて開催。俯瞰する歴史

歴史ほど、知るに容易い学は無い。平和で、自由があれば。昨日までの事。他人様の生死の過程。ピンポイントで、天空から、限定、限定、そして限定。落下、絞っていけば。隣の大陸で、手つかずの残飯が廃棄されてれば。絶海の孤島で召集兵がひとり、誰にも知…

単方向でも思索。「共同訳聖書」の所有の有無。

信者の方々。「共同訳聖書」を購入された方。どのような理由で、そうされたのだろうか。 ここは、当然。私のそれを披瀝させてください。イメージは、カトリックと、プロテスタント教会諸派の、両者の握手である。そのシーンは、そのニュースが全世界を駆け巡…

預言もすたれる。コリント人への第一の手紙:第十三章 第八節。

極部分で、言う。ある家に、そのひと部屋に、少年が入居した。その家には、「はたち」を越えた大人の若い女と、その母親が、その家の主人であった。ある日、曇りガラス戸越しに、大人の若い女の声が聞こえた。「○○さんがいるわ。」など。未信者の少年には、…

二度と、甘い顔は見せない。コリント人への第一の手紙:第十四章 第一節〜第四十節。

さもないと。【9.11】や、【3.11】の意味を水の泡にしてしまう。それに帰してしまう。 コリント人への第一の手紙:第十四章 第一節〜第四十節。 パウロが居なければ、キリスト教がそれ足り得ない、が迫ってくる。預言と、異言の相違。それをかくも、は…

ヨハネによる福音書:第八章 第三十一節〜第三十二節。&マタイによる福音書:第十八章 第一節〜第十四節。

1.「真理は汝を自由にする。」 この聖句だけでも。理解し、読解するは、大変なことです。真理とは、何ぞや。自由とは、何ぞや。 大変なこと、は「Oh my God!」ですから。本人が、神様に直接向き合って、対話しながら、ああでもない、こうでもない。そうや…