かいふう

近未来への展望や、如何に。

「なんでもベスト3」.その2

kaihuuinternet2006-01-03

娯楽の王者は、と問われたら、{劇映画}と答える。それだけ、視覚から入る情報が大きいからだ。{スター}も{銀幕}で{不滅}で{リバイバル}上映で、今世紀の技術、[DVD]で1千年も{伝説}は続くかも知れない。
しかし、誰もがそれに生れる訳でもなく、また為れる訳でもない。当の本人が、{夭折}あるいはそれに準じた名称で、己れの寿命の半分を、売り渡すだろうか。あるいはその誘惑の相手が(悪魔)でないと、誰が保証するというのだ。
新大陸に、そのひとりがいた。その国は偉く広大ゆえ、移動に自動車は国民的必需品、T型フォードの普及により大衆が活発になった。スポーツが得意な彼は運転技術も抜群、その衝撃的な死も、他人の過失と判断してよい、車での事故。デビュー作品は、「聖書」に依っていた。そして生い立ちに漂う孤独を、よもやの遺作に独壇場で表現した。またひとりは、ヨーロッパにいて、「パルムの僧院」と「赤と黒」、そして「モンパルナスの灯」でモディリアーニを演じた。そしてこの国には、「沓掛時次郎」、「忍びの者」、そして「炎上」で金閣寺修行僧を演じた、やはり生い立ちが孤独な俳優がいた。当時不治の病での遺言は、『死に顔は見せるな』、感嘆した。当代の人気者ゆえの余りに過密なスケジュールが、とおもう。それに彼の後援会の写真にはなんと従姉がいた。
影響を受けるな、という方が無理であろう。事実、彼らのタレントから多くを知り得たし、外国人に対して親近感を覚えたし、感情の機微、行動への映像をも訓練されたのだから。
かって少女時代、ナチスの暴力と圧制からやっと生き延びた、その女優が後年ハリウッド版「戦争と平和」でナターシャを演じようとは誰がおもったろう。更に後年アフリカの孤児たちを抱く、とまで。またコミックからの「スーパーマン」が{ソ連邦}崩壊後、不慮の事故から車椅子で[スーパーマン]健在を示してくれた、その事まで。いずれも、国境を問わず、若い時を過ぎても、なお我われにはすべき事、為すべき事が在る、それを如実に示してくれた。