かいふう

近未来への展望や、如何に。

「なんでもベスト3」.その3

kaihuuinternet2006-01-04

あえて、分けて選ぼう。ひとつは、アメリカ映画「奇跡の人」である。監督アーサー・ペン、主演アン・バンクロフトパティ・デューク。モノクロ画面でよい。イタリア移民の子と天才子役が激突した。この映画は、鑑賞に苦労が要る。ヘレン・ケラーという実在の三重苦の人物を、それを演じるのも、それを手探りで教育する「ミラクルワーカー」も、恐らく何倍も要るその間の時間、それに付き合う観客も、忍耐。重い、のを承知で、井戸の『ウォーター』まで。女同士の光明までの闘い、その隙間に両親だけの葛藤の場面がある。母が父親にサリヴァンに任せていいかを問う。父は答える「アイ アグリード」。それ以来、自分は事あるごと、でもないが、「アグリー」と我が耳に響かせてみたりする。
もうひとつは、ヨーロッパ、ポーランド映画地下水道」である。監督アンジェイ・ワイダ、モノクロ画面。【ナチス】ドイツ侵攻によって、首都の地下水道に潜んだ市民たちが抵抗した[ワルシャワ蜂起]である。地上の敵軍靴の音に追われ、モグラ叩きのごとくマンホール出口には爆雷を吊るされ、酸欠に苦しむ。唯一残されたマンホール、やっとそれを這い出すと、先の戦友らが広場の壁に両手をついてあるいは死体となって、何分後かの同じ運命に涙する兵士。このシーンだ。そこに冷徹に立つドイツ人将校と兵士たちも、ポーランド人が扮して演じているんだ、そう自分はおもった。その殺戮の現場、その理由を被害者側から皆で考察を、それが監督の意図だったんではないか。何故{彼ら}が祖国を突然踏みにじり、善良で罪無き市民が光の届かぬ地下へ追いやられねばならなかったのか。ラストのシーンも象徴的だ。光を追って若いカップルがたどり着いたのは鉄柵で出られぬ排水溝、その後の共産圏ワルシャワ機構内ポーランドを暗示してる。後の大統領ワレサの[連帯]まで時間がかかるのである。観客のひとり自分は、日本人を意識した。当時、枢軸国側の日独伊三国同盟は史実である。で、敵国の、首都への上からの被害では、ワルシャワも東京も同じ側なのである。10万をこえる死者数も。

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洋画ベスト10に加えるは、同監督の「地下水道」。
ワイダ監督は、彼の父親が犠牲の、カチンの森の虐殺事件も、ついに撮られましたが、こちらの作品の方が、国民の支持という点では、圧倒的でしょう。
太陽の光の皆無の、しかも汚臭漂う地下の水道で、地上の侵入者に最後まで戦闘を続ける。
それは歴史で、当時同盟国が地上側であることを知ったことで、痛恨でもありました。
特に、マンホールを上り出て、ナチスの鉄兜を被った敵兵に捉えられて、地上の壁向きに立ち並んですでに投降した部下たちを見た隊長の無念の嘆きを、そのワンシーンを、忘れることは無いでしょう。
次に何が起こるか、指揮してきた隊長が最も知ってるのです。
それを、観客に、想像させる、凄いシーンです。
その鉄兜を被った敵兵でさえ、若いポーランド人が演じたんでしょう。いや、演じさせたんでしょうに。
教育的効果もありますね。
これを観た後年、この隊長と同じ苦衷を体現させられたであろう、ある若い将兵の名を、知ることになりました。
でも、こちらの彼は、敗戦を終戦に置き換えることができなかったのでしょうか、ひとり自死しました。それも、もはや無用に化した戦闘機で。
平和な時代。殉職と、殉教、その違いをもつくづく痛感させられます。

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そしてもうひとつは、日本映画「人間の条件(ジョウに人べん、と縦線が付く)」。監督小林正樹、主演仲代達矢新珠三千代。モノクロ。主人公梶が中国大陸の大平原、トウモロコシ畑の中を耳部にヒラヒラ付いた軍帽で走る後ろ姿、俯瞰で撮ったシーンが忘れられずにいる。ひとつの饅頭を手に荒野を彷徨う彼、やがて夜の闇と降り積もる雪に消える。幾多の兵士が、重なったことだろう。監督自身も応召、自己体験が頑としてある。大都会の繁華街の映画館、オールナイトで一挙上映、全部作を観た。若いからできる。若い時観るべきだ。その業界のタレント有る無しは別として。無論、{戦無々派}さんに薦めている。
残り97まで、どうするか。淀川長治氏のサイン、探せば手帳にひとつ残ってるんだが。
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アーサー・ペンが亡くなった、本年2010年の同じ月。彼よりやや早く、彼と同い歳で亡くなった、日本盲導犬育成の草分け、アイメイト協会の初代、塩屋賢一さん。初めての盲導犬は、ジャーマン・シェパード、確かチャンピー。
先日、もはやこの国有数の若者の街へ出た際、信号待ちで交差点に立っていたのは、訓練中の盲導犬を連れた、ポニーテイルの若い歩行指導員。黄色のおとなしい犬種ラプラドール。体育会系じゃないと勤まらない仕事。なんか、ドキドキしたね。この国の福祉は未来が在る、と。