かいふう

近未来への展望や、如何に。

一枚の写真.その6

写真という、ジャンルというか形式というか、{芸術}作品は、先ず{美}という概念が浮かぶ。だから、雑誌グラビアの女優だとか、富士山の遠景のカレンダーだとか、それらがよく売れもする。商業ベースは、生活の為でもあるのだ。
報道写真もある。命懸けで戦場に、生死の境を、持って帰る。事件や事故現場に偶然居合わせて、機転で一枚をものにする素人もいていい。最近は、ケータイでも確率は皆無でない。
しかし、およそ、それから対極にあるであろう、その対称。しかも本人が肖像権の意識さえ及ばない病人なら、撮られることを言動で拒否不可能な状態ならば、どうするであろうか。
その写真は、丸い湯船に浸かる、母に抱かれて空を仰ぐ手指を曲げた裸の少女。ユージン・スミス氏撮影の一枚である。モノクロ、が正解。
これが、【水俣病】。胎児性の患者。
この取材中、漁民側か知らぬが、デモの群集に紛れて、彼は怪我を負った。彼の体内には、先の大戦中に沖縄あたりからの北上する時の被弾した際の破片がある、と載ってた。
それから後年、某大都市のデパート催し場で、夫人から写真集にサインを貰った。
現在、著作権からか、氏の作品は、この件がらみのみか、公表されないらしい。

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全国に知られるようになってからか、某紙面の10年の特集記事か、ひとりの若い修行僧が水俣湾の干潟に座して汚染源の工場に向かって念じている、カットがあった。その当時被告企業はその責任を未だ認めていなかった、とおもうので、その僧の祈りがその罪過の加害者側への呪文だと載ってた、その記憶としてある。
その宗派は知らぬが、もの言えぬ被害者たちの代わりに、応対しない者たちへ、かくも熾烈な手立てで、と妙に残ってある。