かいふう

近未来への展望や、如何に。

適切なる医療VS{養育放棄}

脳に病気を持って生まれた乳児の手術を宗教上の理由で拒否した両親に対し、大阪家裁が昨年、児童相談所の請求から約1週間後、「親権の乱用」として親権停止の保全処分を認めていたことがわかった。

医師が一時的に親権代行者となって手術を実施した。手術は成功し、乳児はその後、親権を回復した両親の元で育てられている。親権停止決定には通常、数か月を要するが、医師が親権代行者を引き受けたため、今回のような短期間での決定につながったという。

関係者によると、乳児は昨年、関西地方の病院で誕生した。脳に異常が見つかったが、両親は「神様にお借りした体にメスを入れられない」と手術を拒み続け、自宅に連れ帰ろうとした。

乳児の治療には親権者の同意が必要とされるため、病院は「養育放棄(ネグレクト)に当たる」として、大阪府内の児童相談所に虐待通告を行い、相談所は同家裁に親権停止の保全処分などを請求した。

同家裁は、早期に手術しないと生命に危険が生じたり、重い障害が残ったりする可能性が高いと判断。請求後約1週間で保全処分を認めた。手術後、児童相談所は申請を取り下げ、親権を両親に戻したという。

関係者の一人は「親権代行者が手術の危険や責任を『親』として背負うため、引き受け手を見つけるのが困難だが、病院側に理解があり、病院と児童相談所が十分連携できた」と話している。(2006年10月22日読売新聞)
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この親権者の入信団体は、想像される。もうかなり前になるが、事故で身体が砕けた少年の親が信仰上から、我が子の手術を拒み、医師が困惑して、結果少年は死亡。週刊誌も書きたてた件があった。
後日、この同団体に入信の若い女が自宅の呼び鈴を鳴らし、玄関塀越しで異見交換した憶えがある。強い口調の自分に、彼女は看護師であることを告げ、それでも助からない程骨格が壊れていた、と専門からも含めて反論したが。医学的所見はそうかも知れんし、医療現場で次の患者とくれば、少年は譲ったのだ、という解釈は、だが本人の最終の本意か、本人に問うべきものであろう。それを問うことなしに、神様持ち出す親の気持ち、否、信心が解せん。生みの親の強迫まがいの詰問を、少年にぶつけるなんて。所詮自分は赤の他人だけれど。しかし、彼女の職場の同僚でも、意見分かれたであろう、とおもう。
この件は、患者本人が探すセカンド・オピニオンの領域にあらず。
保護者である親が己の信心から、ベットに臥す息子に、もう諦めて潔く死を迎え入れよなどとのたまうのか。イメージが湧かないのである。息子には彼個人の信仰の自由があって、親と同一のそれ、同派である理由はない、とおもうのだが。この宗派の人は、マムシの生血しかない場合、それは獣のそれだから飲んで滋養にしてはならない、という話、論理ではない。蛇は獣ではないか。旧約では譬えてもいるし。確かに、手術で他人の血から、B型肝炎だとか二次感染の危険が皆無とはいえないが、延命が医療の良識と認識する自分は、数年、ならば数ヶ月、それでも数週間、延長を選択するとおもうが。少年にその猶予さえ取り上げる宣言など、出来ん。親の、同じ教会員からの賞賛を得る、というエゴとしか想えん。その少年が、親の意向で幼児洗礼受けていたか知らぬが。
今回同じ宗派の親といえども、乳児である。若い親だろう。保護者である親が己の信心でも、その宗派に入信自体が、後若気の過ち、という経過だってあるだろうに。例えが違うが、携帯電話も今度移転できるようになるんだろう。昔買った本で、米国の信者の教会の所属移転のデータが記載されたのを読んだことがある。それは、キリスト教に限ったものだったが。州が変わった、転職した、伴侶側になった、とか数ある理由は本人の問題。