かいふう

近未来への展望や、如何に。

読売新聞社が「若年被爆者」アンケート。

kaihuuinternet2007-08-04

広島、長崎で被爆した人たちの体験継承の先細りが懸念されるなか、読売新聞社は、母親の胎内で被爆した人を含む60歳代の「若年被爆者」を対象に意識アンケートを実施した。

70、80歳代に比べて当時の記憶が薄いとされる世代だが、8割が被爆体験や平和への思いを「伝えたい」と回答。一方、「記憶がない」とした人の約半数が、「活動したくてもできない」とのジレンマを抱える実態も浮かび上がった。

調査は、広島大の原爆放射線医科学研究所と平和科学研究センターの協力で、6月下旬から7月中旬にかけて実施。広島、長崎両県や東京都、大阪府被爆者団体を通じ、7都府県の500人にアンケートを配布し、61〜69歳の235人(男性106人、女性128人、無回答1人)から有効回答を得た。回収率は47%。

被爆時の記憶がある人は134人で、ない人は100人(無回答1人)。

被爆体験を「伝えたい」は、記憶のある人で81%、ない人で80%とほぼ同じ割合。理由として、それぞれの半数以上が「核廃絶のため」「被爆者としての責務」を挙げた。

体験を誰かに話したことがある人は152人。きっかけは「親が亡くなった」が24%と最多で、「子どもが成長した」(15%)、「退職してセカンドライフを過ごすようになった」(13%)などが続いた。

語り部活動などで、体験継承や平和への取り組みを「すでに始めている」人は68人、「これから始めようと思っている」人は54人で、合計で約半数。取り組みの方法に「被爆者の話を聞く」を挙げた人が73人おり、記憶を補いたいという意識が表れている。

一方、取り組みに対する悩みや苦労を尋ねたところ、「記憶が薄く、したくてもできない」とした人が81人(34%)おり、記憶のない人では約半数になった。(読売)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
原田芳雄さんは、井上ひさしの戯曲「父と暮らせば」で舞台にたったんですよね。TVで観ていたら、娘役が独白が終わって、彼が出てくる。何だ、少し違う出方だ、とおもったら、被爆死した父親が、娘の孤独を癒す為か、まるで生きているかのごとく。故人にしては、生身で演じている。日本風お化けとは、趣が違う。そんな扱いで、動いて喋って、いいんだろうか。
子午線の祀り」だったか、あれは、平家の滅亡、の話でしょうに。日本史だけじゃないの。遠い、同胞の、内輪もめの果て、でしょう。衣装だって、そうだろう。
で、被爆という、世界史に範囲が拡がると、やはり、予告なしで、恨みつらみじゃないの。それが、なんで、かくも日常で、明るくも娘に語り掛けるのだ。
これが、戦後の戯曲の、世代の過ぎた、次の表現方法、そして論なのだ、とおもった。田中千禾夫作「マリアの首」から、30年、観客も世代交代して、被爆前の健康な身体と掛け声で、これからひとり生きていく愛娘を励ます訳だ。
そんな表現を、原田芳雄は、どう演じようと、考えたであろうや。
戯作者がそういうセリフを用意しているのだから。被爆前の身体の声を。舞台が先だったろうから、よもや、映画化して、映像の中で演じる同じ役、変えたでしょうね。引き受けたのが、生活の為か、芸道の幅拡げる為か、知らぬが、監督の要請か意向でしょうに。
戯曲あっての、それですから。
やはり、日本戯曲史に残る、父娘ふたりだけの会話、井上ひさしの意図が、興味ありますね。
日本の戯曲で、選ぶなら、「夜明け前」、「マリアの首」、そして「父と暮らせば」、加えて「夕鶴」です。勿論、個人の意見ですが。