かいふう

近未来への展望や、如何に。

東京・八王子市、ランドセルを背負った地蔵。

戦時中に疎開先の東京・八王子市で米軍機に銃撃され、小学4年生で死亡した神尾明治(あきじ)君(当時9歳)のランドセルを背負った地蔵が8日、今年も地元の相即寺(八王子市泉町1132)で公開される。ボール紙を黒っぽい布で覆ったランドセルは62年前に明治君が背負っていたもので、ところどころがほころびている。それでも毎年、ご開帳される日には多くの人が供養に訪れ、平和を願っている。明治君は太平洋戦争末期、品川区から兄とともに八王子市に疎開し、1945年7月8日朝、友人たちと遊んでいたところ、米軍戦闘機の機銃掃射を受け、亡くなった。母親は悲嘆にくれる中、同寺の地蔵堂で153体ある地蔵の中から、明治君に似た面立ちの地蔵を見つけ、遺品のランドセルを背負わせたという。
それ以来、この地蔵は「ランドセルをしょった地蔵さん」として近所の人に知られるようになり、明治君の命日など年3回、ご開帳されるようになった。昨年冬、明治君が通っていた国民学校の後身である品川区立原小学校(現・区立伊藤学園)の4年生が、学芸会で明治君の疎開時の出来事などをモチーフに、家族や命の大切さを訴える内容の創作劇を上演。70歳を過ぎた明治君の元同級生からは、「二度とあってはならない悲劇を若い世代にも伝えてほしい」との声が同学園に寄せられた。こうした声を受けて、先月19日には、区内のホールで再演され、明治君が銃撃されたシーンや母親が地蔵にランドセルを背負わせる場面では、会場からはすすり泣きも漏れていた。相即寺は8日のご開帳について「夏休み期間中、たくさんの児童に、地蔵を実際に見てほしいから」と話している。(読売)
この史実は初めて聞きました。それも、ブログですから、載せました。おもえば、自分も地蔵さん何体か見ています。国民的作家吉川英治さんの母堂の故郷近辺。小仏峠の国道沿い。幼児か子どもの事故現場かも知れません。親が置いたのかも知れません。それ以上は、調べないのです。「ガラスのうさぎ」の主人公も、疎開先で更に肉親を機銃掃射を受け、亡くした、のでした。