かいふう

近未来への展望や、如何に。

付録のブログ。

kaihuuinternet2007-12-05

ブログを3年間も記述してくると、その意味付けを考えてしまう。
糠漬の丁稚奉公は向いてない。
ブログに何ができるか。
ブログに記述するに、何が許容できるか。
ブログで何が残せるか。
史実から、の訓戒。事実から、の検証。そして真実、それへの飽くなき探求。
キレイなこと言うね。
先人の業績。他人の生活。
そして、哀しいかな、主観から逃れられぬ、自分の存在が探し、見つける事が適った如何程かの真実。
記するネタがあり、ドジ間抜けと笑われても、あわせて、
そこに何があったか、と提起した、その満足だろうな。

                                                                                                                    • -

老いを感じたなら、回想しよう。
たとえば、学校には、教育があった。施設には、福祉が。病院には、医療が。
その現場には、その職業に携わる人びとがいて。
あの人は有能だった。かの人は熱意ある、その人は志があった、とか。

                                                                                                                    • -

リスクなことは言わぬ、が、ブログを記述するはリスクなこと、は承知しとこう。
ホンネも言った。ゴマは、白も黒も好きだか、擂ったが無意識かは知らぬ。

                                                                                                                    • -

3年、はよい区切りだろう。不変のことわりにならう。
この国の、義務教育の最後は、それだし、「仰げば尊し」♪は名曲だろう。
そして何より、彼の伝道期間がその年月なら、それにも合致する。
記述したことが許容されますように、と祈ってもきたからだ。
怒りに任せて、眠れぬ夜は、改めもした。
くじ引きに当たったヤッテマ(マティア)の、
そのひとりの、『藻鯨ログ』なのだ。