かいふう

近未来への展望や、如何に。

ロードショウ、とロードショウ。

kaihuuinternet2007-12-14

近頃、『蜘蛛の巣城』騒ぎのあった超高層ビルで、リンカーンを題材にした娯楽冒険活劇映画の披露宴があった。
自由と民主主義を標榜する国の、タレントある俳優たちの演技は見ものだし、最新撮影技術も興味をそそる。淀川長冶氏の『よい映画を観ましょうね』にも、当てはまる映画だろう。異存はない。
リンカーンといえば、『人民の、人民による、人民のための政治』という格言に思い至る。あの大理石だかの座る彫像も浮かぶだろう。
近頃未だ、{半島人の、半島人による、半島人のため協会}も延長して、観客を呼ぼうとしているらしい。{虚構の宗教}は続くのだろうか。盲信ではないのか。
勿論、それもこれも、断っておくが、自分の主観に過ぎない。しかし、断っても、伝えたいものがあるとすれば、そうするだろう。
法治国家日本の、憲法の、諸々の自由のうち、信教の自由、そして言論の自由、それを行使するになんの躊躇いがいるだろうか。
等しく、それらが与えられているならば、抗すべきはそうすべきであって、少年少女を徒に要らぬ時間も金も浪費させまいとするは、適ったことであろう。
自分はすでに、狭い、しかしそれでも守らねばならぬ守備範囲を確定してしまった者なのかも知れない。
若い人たちに、見聞を広めるな、とは言えない。だが、それが含む真実をしっかと直視しないと、判断を見誤る。聞き誤まりもする。

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およそ30年前、「英霊たちの応援歌」と、そして「月光の夏」という劇映画が上映された。両方の映画に共通のシーンがある。スクリーンから、機上の彼らが観客に向かって突入するシーンである。それは、まるで、戦後何十年、平和を託した観客たちに平和ボケしてないか、それを諭すような感覚を、受けた。
それを、難解な理論を読んだんだと暴力で殺傷するしかない彼らや、あるいは盲信して{虚構の宗教}に依存した彼らは、軍国主義の復活だなどと、表皮しか見ることが出来なかった。
それから更にひと世代経て、今度はならば、{虚構の宗教}の延長、とこちらが切り出せば、どう答えるか。
3日あれば、宗教法人のひとつ、解散して、ご苦労様でした、で済ませるだろう。
だから、若い人たちに、要らぬ時間も金も注ぎ込んで、ある日、その建物に行ったら、まるで芝居小屋のごとく公演終了の跡形もなく、無くなってましたよ、では。
だから、何度でも言う。
くれぐれも、{虚構の宗教}には近づかないことだ。
大和撫子は棄てないでほしい。君子という名でなくても。
もし君子という名ならば、『君子(きみこ)危うきに近寄らず』ってとこかな。
{虚構の宗教}よりか、まだいいとおもうが。
当然、クリスチャンを踏まえてのそれだよ。
もはや、「花いちもんめ」♪で、盲信した彼らを、取り返すことはできぬだろう。
だから、自称クリスチャンでいくしかない。
それどころか、このブログで、クリスチャンの証も書いている心算ですよ。