聖橋が見える、地下鉄から、と身をよじって、車窓から外を見やった。それは、トンネルを抜けると、そこは決して雪が降ってはいないことを、川端の柳はないことを、知っていたからだ。将棋の駒を玩ぶほどの余暇もない。
聖から目尻の皺を気にせず、車内に顔を返すと、一瞬閃光が走った。
そんなはずはない。小学生で映画館でニュース映画で、しかもモノクロ画面の横長の、原爆ドームの記念式典の、そんな自分が。
いいや、ストロボはなかったろう。
被写体は自分だ。昼間の光線で明るい車内の、連結部手前に若い男がカメラに顔を隠して、こっちを撮っているではないか。連射してる。
その男の概容を、こっちもピントを合わせる。どこかで見た。脳裡に探りを入れる方に神経を使う。テレビ映画のスパイ物なら、ここで、その男のワンカットが入るんだが。
わかった、誰か。それで、撮らせておけ、とおもった。新聞社にでも入ったか、もしくは、その辺に就職できたんだろう。クラブに出入りしてたが、舞台俳優になるには、アクが強くない。性格はいいから、記事の取材は取れるだろう。写真の腕はどうかね。
地下鉄は、トンネルに入った。今度はやけにブレーキ音が被って来て、そっちに神経がいった。
どうせ撮られたんだ。奴なら、許してやろう。でも、どうして。何だろう。
目的地を反芻してから、その理由を考えることにした。彼がどこで降りるか、どうせ撮られたんだ。悪くは使わないだろう、と変な信頼感を憶えた。それほど、好青年優等生なんだな。芝居はヘタだろうけど。エスコートするなんて聞いたから、女の扱いはジェントルマンなんだな、オレよりずっーと。
しかし、何処から乗り合わせたんだろう。
見つけてから、聖橋が見える、その時まで、シャッターチャンス狙ってたなんて、もう一人前というべきか。プロのブンヤさんか。この件で、自信深めたかな。
彼も気付いたのかな。あの娘は美少女だからな。誰でも撮りたくなる。
それで、オレが撮らせてくれと告げたものだから、こうやって、その事で、偶然出遭った大都会のど真ん中で、しつこく後着けて、とうとう撮りやがったのかよ。
すると、彼女と彼は、どんな仲なんだってことになる。
いや、あの二人は一緒にはならない。でも、もうひとつある。
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カトリックの、小鳥と会話する、聖者のひとり。
彼を脳裡にか、とある公園で、ボートも乗れる池のほとり。その転落防止かの石柵の上に、賞味期限切れの食パンやら、せんべいやら、置いて餌やりした時期があった。ハトもカラスも居た。池の鯉もフナも競って、食べた。
そして、いつものように、そこを出て、道幅が広い坂道を珍しく歩いていくと、前方に女がひとり振り返りながら、やがて小走りに坂の上の雲、じゃない、向うに消えた。その振り向いた横顔が、写真撮らせてくれとの、あの少女とよく似ていたのだ。もう何十年も経ていた。こんな近くに居るはずなかろう。
その日ではなかったんだろう。雨上がりの日だったから。今度はいつものように、自宅に近い方の小道の坂を歩いて帰ると、ふと見た塀の上にちょこんと冊子がある。誰かが置いたようだ。手にして開けると、この国の、全国のカトリックの施設一覧なんだ。いや、その何分の一だけだったかも知れない。教会とか学校とか、何地区本部とかがあった。当然、雨に濡れた形跡で、紙面はやゝちぢれている。
振り返りながら坂の上の向うに消えた女。あれは、あの時の美少女で、偶然見掛けた公園で、カトリックの小鳥と会話する聖者のひとり、の真似事する独り者を、なら教会にどうぞとばかり、よく通う帰り道の片方の塀の上に、案内書をそれとなく置いた。
生憎夜来の雨を過ぎて、それでも、その案内書は、真似事する独り者が手に届いた。
それをどう受け取るか。解釈するか。
想像が、もし当たっていたら、奇跡という範疇に。
いや、それから、案内書を手にした者が、その教会の門をたたいて、後。
それからが、その範疇に、ということだろうに。
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否、自分の記憶では、すでに教会員になっていたように、想い出す。非カトリックとして。
だから、公園という衆人関知の場所で似非カトリックの真似事する、聖者ごっこするのを、彼女が哀れんで、その案内書を置いたんじゃないのか。
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先年、ネガをどうにかしようと、目星をつけた会社に問い合わせた。
若い社員は、その名の人は居る、と言う。年齢も近い。
しかし、それ以上追わなかった。
彼がカトリックだろうとなかろうと。ある日の晩酌に、オレのポジを肴に豆腐食べたとしても、どうせ絹ごしだろうとわかってるからな。オレじゃ、ハードボイルド決まらないからな。『お願いだ。ネガ返せ』なんて、もう言える年でもない。
聖橋から身投げした若い女も居たじゃないか。
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コノ件で彼を『恐喝して、今日カツ食った』としても、それで[拉致事件]がどうのこうの、でもないから。
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自分は、日々の祈りの中に、彼らの救出を、加えています。 アーメン