かいふう

近未来への展望や、如何に。

秋葉原殺傷事件、10年。そして、もうひとつの死。

秋葉原殺傷事件

東京・秋葉原歩行者天国で17人が無差別に殺傷された事件は、8日で発生から10年を迎えた。事件後、一時中止されていた歩行者天国も2011年に再開され、街はかつての活気を取り戻したが、被害者らからは事件の風化を懸念する声も上がる。トラックが突入した交差点に設けられた献花台には、千羽鶴や飲料水が供えられ、朝から花を手向けたり手を合わせたりする人の姿が絶えなかった。(時事)
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この事件では、刺殺された被害者のひとりに、芸大の女子学生。彼女の名字でない、名前だけ記憶していた。再現ドラマを視聴。すると、偶然その日現場に出くわした三人の、事件直後の働きに取材した構成。現地交番配属の警官。ギター買いに来た産婦人科医。そして電気機器購入の若い海上自衛官。彼らの行動と機転が、被害を食い止めた。防犯、医療、防災のプロ。最終的に、100人弱の協力者が表彰。

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この範疇の凶悪犯罪は、我われの世代は、【連続射殺魔事件】の死刑囚永山則夫が、最初。加藤智大死刑囚の故郷、青森県は、死刑囚永山の岩木山とリンゴの白い花を、連想させた。加藤死刑囚の生い立ちは、北海道の網走でもの死刑囚永山ほどではない。県内有数の、母親と同じ母校に進学したのだから。その時点では、自慢の息子だったろう。最近詳細では、この母親への批判が多い。略図が、両親VS兄弟、取り分け母親VS兄弟か。息子二名喪失は、結果論だ。
確かなのは、時代背景が違う。加藤は、『携帯依存症』。その通信形態に、『誇大妄想』した。繁華街、歩行者天国、白昼堂々の【凶行】。派遣労働者という不安定な、各地点々の転職が、彼を追い詰めた。
この事件の、もうひとつは、彼逮捕後の、家族の弟の自死である。この死に、【東日本大震災】が追い打ち掛けたか。関東圏に就職、往復は、マスコミの執拗な追っかけである。心身ともに疲弊しただろう。弟の彼の言葉「死ぬ理由に勝る、生きる理由がないんです。どう考えても浮かばない。何かありますか。あるなら教えてください」。
これを発言するに至った彼の背負わされた現実。解答可能な者が、ならば何人居るだろうか。